日本共産党は本当に戦前から反戦平和の党だったのか? わかりやすく解説

■日本共産党とはどんな政党なのか

「憲法改悪反対」「大増税反対」「弱者の味方」などというお決まりのメッセージを掲げ、ほかの政党に比べて妙に「清く正しい」イメージを前面に打ち出して活動している日本共産党――。

多くの国民が、この政党になんとなく「違和感」を感じていることと思われますが、この政党の実態をはっきりと把握している国民は少ないように思われます。

いったいこの日本共産党という政党は、どんな政党なのでしょうか?

このページでは、同党について、その歴史や体質をわかりやすく解説し、その「違和感」の正体に迫ってみたいと思います。

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■日本共産党と、その「欺瞞性」

「日本共産党」について少し調べてみると、その大きな特徴が「欺瞞性」にあることがわかってきます。

そして、この「欺瞞」というものが、おそらく多くの国民がこの党に感じているであろう「違和感」の正体なのです。

では、この「欺瞞」という、やや聞き慣れない言葉をとっかかりにして、日本共産党の体質を解説して行きましょう。

ぎ‐まん【欺瞞】
あざむくこと。だますこと。「―に満ちた言動」「国民を―する」

辞書には以上のように定義されていますが、この「欺瞞」という言葉をもっとイメージしやすくするために、次のような例を挙げましょう。

例えば、一組のカップルがいるとします。このうち、男性のほうがどうしてもそのお相手と結婚したいと考え、自分の経済力を示すために「5000万円の貯金がある」と打ち明けたとしましょう。

男性は、実際に5000万円の残高のある銀行口座を持っていて、その通帳を見せられた女性は、その通帳が本物であることを確認したうえで納得し、結婚を決めたとします。

ですが、実際に結婚してから、実はその男性には2億円もの借金があり、その5000万円もその返済のためにあっという間に消えてしまうお金だったことが判明したとしたらどうでしょうか。

結婚前に男性が「5000万円の貯金がある」と言ったのは、嘘ではありませんでした。が、これでは嘘をついたも同然です。

このように、単純な嘘よりも一つ手の込んだ手法を用いて人を騙すこと、単純に「嘘」で割り切れないような手法で人を欺くことを「欺瞞」といい、その手法が複雑になればなるほど悪質な欺瞞ということになります。

そして、そのような言動が頻繁に見られる人のことを「欺瞞に満ちた人」と呼ぶわけです。

では前置きはこのぐらいにしまして、さっそく日本共産党の「欺瞞」の実態を、具体的に見ていくことにしましょう。

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■代表的な欺瞞 その1「日本共産党は戦前、唯一「反戦平和」を貫いた政党だった」

皆さんも一度は耳にしたことがあると思いますが、「日本共産党は戦前、唯一戦争に反対していた「反戦平和」の党である」という代表的な共産党の宣伝文句があります。

これは、この政党の欺瞞性を良く表したものです。

戦前の日本共産党の綱領である「32年テーゼ」というものには、たしかに「帝国主義戦争反対」というスローガンが載っております。

これは事実です。

この部分を読む限りでは、たしかに「日本共産党は戦前、唯一戦争に反対していた「反戦平和」の党」であったように思えなくはないでしょう。

しかし、実は、この一文はあくまでも1つのスローガンの前半部分であり、その先にまだ続きがあるのです。

では、その全文を見てみましょう。

 帝国主義戦争反対。帝国主義戦争の内乱への転化。

後ろには「内乱への転化」などという一文がありました。

通して読んでみると、このスローガンは、後半部分の「内乱への転化」が主部であり、前半部分はその前置きであることが分かります。

これは「反戦平和」のスローガンなのでしょうか?

一応「戦争反対」とありますので「反戦」ではありますが、「内乱への転化」などという物騒な文言があることから、これを「平和のスローガン」と呼ぶには非常な違和感を覚えます。

しかし、この違和感は、同党がこのようなスローガンを掲げるに至った時代背景を知ることで、瞬時に解消します。

では、その時代背景を見てみましょう。

率直に種明かしからしてしまいますと、このスローガンは、世界で初めて成功した共産主義革命である「ロシア革命」を念頭に置いたものなのです。

ロシア革命とは、当時、ロシアを支配していたロシア帝国が、第一次世界大戦に参戦し、軍隊を国外へ派遣している隙にソビエト共産党が「内乱」を起こすことで成功した革命なのです。

つまり、上記のスローガンは、その例に習って日本でも「帝国主義戦争」が起こり、政権の意識が国外へ向いた時は、ロシアと同様に内乱を起こして「革命」を成功させるチャンスだ、ということが言いたいわけなのです。

ですから、このスローガン前半部分の「帝国主義戦争反対」には「戦争に断固反対する」「平和を断固守る」という意図はまったくなく、あくまでもこれは当時の政権に対する反対勢力を結集するための号令のようなものでしかないのです。

そして、実際には日本共産党は、政府が「帝国主義戦争」を開始し、さらにはその戦争に失敗してくれることを望んでいて、そのあかつきには機を見てその結集させた「反対勢力」によって内乱(革命)を起こすべきだという、平和的どころかむしろ暴力的な行動指針なのです。

というわけで、日本共産党が「戦前から一貫して反戦平和の党だった」というのは明らかな偽りです。

そもそも「内乱」を起こして国内の平和を乱そうとしていたのですから「反戦平和」どころではないわけですが、それを、まるで戦前から「平和を愛してやまない政党だった」とでもいわんばかりに、党のイメージ戦略に利用するのは、国民を欺く「欺瞞宣伝」以外の何ものでもありません。

以上のような欺瞞体質が、日本共産党という政党の特筆すべき特徴なのです。

では次に、日本共産党がなぜそのような「欺瞞宣伝」を行うようなになったのかについて解説を加えながら、もう少し具体的にこの党の「欺瞞」を例示していきましょう。

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■なぜ日本共産党は「欺瞞宣伝」を行うのか?

日本共産党という政党は、なぜそのような手法で国民を欺くのでしょうか?

それには、まず前提として、そもそも共産党の思想信条である「共産主義」や「社会主義」という左翼思想そのものに欺瞞性があることが挙げられます。が、日本共産党の場合は、それに加えて次のような経緯でよりいっそう欺瞞的な性質を強めました。

日本共産党の最大の目標は「日本の共産主義化」にあり、それは大正時代の結党以来、現在まで変わっていません。

そして、その「日本の共産主義化」というものを、彼らは「革命」と呼んで美化しているわけですが、この「革命」とは、上記の「内乱」という言葉からも分かるとおり、国会での平和的な手続きを通して行われるものではなく、「暴力」により権力者から奪い取るものという認識が一般的でした。

つまり、日本共産党は、「自分たちの政治的な理想の実現のためには暴力を辞さない」ということを、党としてはっきり表明していたのです。

そしてこの政党は、戦後になっても、戦後新たな革命勢力として台頭した社会党(現在の社民党)が、議会を通じて行う「平和革命」を主張したのに対してそれを真っ向から否定し、本来の武装闘争による「暴力革命」こそが「本物の革命」であるとして、はばかることなく暴力を肯定してきたのです。

そのような危険な目標を掲げていた共産党は、昭和30年代になると、朝鮮戦争という不穏な国際情勢の影響を受けて武装闘争路線を加速させ、とうとう火炎瓶を投げつけて警察官を殺害するなどのテロ行為を国内で次々行うようになっていきました。

しかし、そのような行為が仇となり選挙で大敗を喫した同党は、国会でのすべての議席を失ったことをきっかけに、昭和40年代に入るとそれまでの「共産党=暴力」のイメージを払拭するために、一変して「ソフトイメージ路線」と呼ばれる方針に180度方向転換したのでした。

そして、その方向転換の末に確立したのが、現在我々がよく目にする、過度に正義の味方ぶった日本共産党のイメージなのです。

では、その「ソフトイメージ路線」以降の日本共産党は、本当に過去の暴力行為を悔い改め、平和的な政党に生まれ変わったのでしょうか?

答えは「否」です。

同党は、当時、数々のテロ行為は一部の党員が勝手にやったものとしてそれらを追放し、党の意思としてのテロ行為ではなかったと結論づけて国民に謝罪もしませんでした。

そして、党の綱領などにおいても同様に「暴力」や「独裁」などという「ハード」な印象を与える文言を、「誤解を与えかねない」などという意味不明な理由から、ことごとく「ソフトイメージ」な文言に変えるなど、まさに「欺瞞」そのものの変更を加えることでひたすら国民に対するイメージをソフトなものにするよう努めてきたのでした。

「ソフトイメージ路線」とは、あくまでもソフトになったのは表面的なイメージだけで中身は変わっていないという、その欺瞞的な体質を揶揄した呼称なのです。

これが現在の日本共産党の「欺瞞性」の、歴史的な背景ということになります。

ですから、日本共産党の綱領にはいまだに「日本の共産主義化=革命」を目指す旨がはっきりと記されていますし、その「暴力革命」路線の実態をなんとか国民に隠蔽しなければならなかったがために、欺瞞宣伝の必要があったというわけです。

■代表的な欺瞞 その2 「敵の出方論」

では、ここでもうひとつ、日本共産党の代表的な「欺瞞」をご紹介します。

これは、共産党の現在の綱領の「解釈本」に書かれている一文で、「共産党は革命を実行する際には暴力を振るうのか?」という周囲の率直な疑問に対する日本共産党の答えです。

革命が平和的なものとなるか非平和的なものとなるかは結局敵の出方による
「日本革命の展望」宮本顕治著

暴力を振るうかどうかは「敵の出方による」のだそうです。

ここでいう「敵」というのは、法の番人である警察や自衛隊のことですが、当然ながら、違法行為を取り締まることを任務としている警察や自衛隊と、法律や憲法をすべて一新しようという「革命勢力」とが、衝突しないことなどありえません。

ですので、上記の文章は事実上、「革命は平和的に行われることはない』ということを指し示しているのですが、ここでもやはり、お得意の欺瞞的な言い回しにより姑息にも直接的な言及は避けつつ、さらに自分たちが暴力を振るった場合には「敵」が悪いのだと、その責任を「敵」の側に転嫁してさえいるわけです。

「欺瞞」もここまでくると、ただの屁理屈のように思えてきます。

このように、裏でこんな屁理屈をこねて自らの暴力性をひた隠しに隠蔽するような政党が、日々私たちの身近な所で「戦争反対」だの「反戦平和」だのという美辞麗句を並べているわけなのです。

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