自衛隊明記とはどういうことなのか?
安倍政権が進めている憲法9条改正による「自衛隊明記」ですが、これはどういうこと?狙いはなんなの?という疑問が各方面から噴出しているようです。
このページではそんな疑問に答えてみたいと思います。
まず、安倍政権が「自衛隊明記」を進めようとしている前提として、憲法学者の中で「自衛隊は違憲である」とする意見(自衛隊違憲論)が多数を占めているという事実があります。
朝日新聞の調査を見てみましょう。
現在の自衛隊の存在は憲法違反にあたると考えますか。
①憲法違反にあたる…50人
②憲法違反の可能性がある…27人
③憲法違反にはあたらない可能性がある…13人
④憲法違反にはあたらない…28人
⑤無回答…4人
朝日新聞の憲法学者アンケート質問4の結果(2015年6月実施、朝日デジタル)
以上のように、122人中77人が、「憲法違反にあたる」、「憲法違反の可能性がある」と答えています。
このような憲法学者の意見を受けて、安倍政権、自民党の改正プランをわかりやすく解説しますと、まず、1項と2項からなる憲法9条に、第3項を設け、そこに自衛隊の存在を明記することで、「自衛隊違憲論」を封じようというのです。
つまり、日本のために日々活動してくれている自衛隊が国民からの圧倒的な支持を得ているにもかかわらず、憲法学者から「憲法違反」のレッテルを貼られ続けるような状態は異常であるから、堂々と自衛隊の存在を憲法に明記することで、そのような不名誉で無責任な状態を解消しようというわけです。
これが安倍首相の主張だと言えます。
が、主に憲法改正反対派からは、この安倍首相の、一見すると正論のように聞こえなくもない主張には裏があって、狙いは他にあるのではないかという、やや穿った意見が出ています。
では次にその「狙い」についてみていましょう。
安倍政権の「狙い」は何なのか
安倍政権の狙いを見てみる前に、まず憲法9条の1項と2項を読んでみましょう。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
以上のようになります。
護憲派の人たちは、以上の条文のうち「第二項」の存在こそが憲法9条のキモであるとしており、一般的にはこれを「戦力の不保持」と「交戦権の放棄」と呼びます。
また、護憲派でなくても憲法9条の改正に慎重な人たちも、結局のところこの2項を改正して取っ払うことに不安を感じている人が多く、逆に憲法を改正すべきとする改憲派は、この2項を改正して、「戦力の不保持」と「交戦権の放棄」を撤廃・改善しろという意見が主です。
安倍政権は、国民世論がやや護憲派寄りに傾いていて、9条改正に慎重な国民が多いことから、2項を真正面から改正するのではなく、2項の後に3項を設けて、「自衛隊」の存在を明記するというプランを提案してきたというわけです。
さて、安倍政権の「狙い」についてですが、反対派は、この「自衛隊明記」の安倍政権の「狙い」について、「9条2項の死文化」にあるのではないかと主張しています。
つまり、3項に自衛隊の存在を明記することで、2項が空文化する、死ぬ、というわけです。
安倍政権は、「ただ自衛隊は違憲だという憲法学者を黙らせるためだけに3項に自衛隊の存在を書き込みます。自衛隊の運用方法についてはこれまでとなにも変わりません」とは言うが、新たに3項の条文が加えられれば、9条全体として新たな解釈の余地が必ず出てくる、その解釈の余地を利用して、2項を無効化しようとしているのではないか、と反発しているわけです。
また、法律の世界には「後法優先の原則」という考え方があり、これは、法律同士が矛盾するような場合は後に作られた法が先に作られた方に優先するというものになります。
後から3項が加えられれば、この原則に照らし、2項に優先して憲法解釈がされることから、わざと矛盾するような文言をぶつけてくるのではないかという見方があるわけです。
というか、ちょっと読めば分かりますが、この2項の内容は、非常に自衛隊の存在と矛盾するものに感じられます。
以上、これらの考え方については、3項の条文案が具体的に出ていないので何ともいえないところではあります。ですので、次は、3項にはどのような条文が予想されるのかをもう少し具体的に見てみましょう。
憲法9条3項について
では、9条3項についてみてみましょう。
以下は毎日新聞が報じたところによる憲法学者が予想した3項案です。(以下に「前項」とあるのは上記9条2項のことです)
3 A案 前項の規定は、自衛隊の存在を妨げるものとして解釈してはならない。
B案 前項の規定は、我が国を防衛するための必要最低限度の実力組織としての自衛隊を設けることを妨げるものと解釈してはならない。
C案 前項の規定は、国際法に基づき、我が国の独立と平和並びに国及び国民の安全を確保するために、内閣総理大臣を最高指揮官とする自衛隊の設置を妨げるものではない。
ーー毎日新聞
また、同記事では、憲法学者の龍谷大名誉教授・元山健氏の発言として次のように書かれています。
「安倍首相の狙いは、集団的自衛権の行使に完全に道を開くC案に沿った条文を加えることではないか、と考えています。安倍政権は2014年に解釈改憲によって集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をし、翌15年にはその方針に沿った安全保障関連法を強行的に成立させた。今度は、さらに憲法自体を安保関連法に合わせようという考えなのでしょう」
以上のように、この教授の見解によるとC案が有力なのだそうです。
もちろんこの意見は、基本的に護憲派の新聞が護憲派の憲法学者に聞いたものですので、額面通りに受け止めることはできかねますが、だいたいこのような予測から、護憲派の人々には、安倍政権の狙いが「2項の死文化」にあると考えられているわけです。
以上が概ね憲法改正反対派による安倍政権の「狙い」予想ですが、他にも9条2項を真正面から改正すべきとする改憲派からの「狙い」予想もあります。
次はそれをご紹介しましょう。
その他、安倍政権の狙い予測
まず、安倍政権の狙いは、そもそも安倍首相の言葉通りであり、憲法に自衛隊を明記することで、自衛隊を合憲化するだけだと見る意見もあります。
これについては肯定的な見方と否定的な見方があって、肯定的な見方をする人たちは、1項と2項とをそのまま残すのだから、それらを取っ払ってしまうよりは安全だとする見方。
否定的な意見は、そもそも自衛隊は合憲なのだから、合憲のものをわざわざ合憲だと書き込んでも現状は何も変わらない、とする意見です。
後者はつまり、そんな生温い改正ではなく、2項を真正面から改正しろというわけです。
また、それ以外にも安倍首相の「狙い」をこう分析する意見もあります。
それは、「安倍首相は憲法をはじめて改正した総理大臣として歴史に名を刻みたいのではないか」という見方です。
つまり、そもそも安倍首相は改憲派の人々から憲法改正を託された存在であり、できることなら2項を何らかの形で改正したかった。
だけれど、世論を見る限り追い風が吹いているとは言いがたく、どちらかといえば向かい風が吹いていることを察知して、2項の真正面からの改正は諦めた。
そこで、残された道は政府の解釈ではすでに合憲である自衛隊の存在を、さらに9条3項に明記することにより、現状を追認するような条文を加えるというハードルの低い改憲を目指し、実現することで、はじめて日本国憲法を改正した者として、歴史に名を残そうという狙いがあるのではないか、ということです。
また、歴史に名を残す云々ではなく、憲法を改正したという実績を残すことで、後世のさらなる改憲議論の足がかりにしようとしているのではないかという見方もあります。
いずれにしても、これら「狙い」が何なのかという考え方は、単なる想像の域を出ません。
ただでさえ好き嫌いが別れる安倍首相ですから、想像も両極端になりがちです。
あなたはどう感じたでしょうか?
憲法改正となれば、必ず最後は国民投票にかけられます。その際の投票のお役に立てば幸いです。